大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和48年(ワ)4950号 判決 1975年3月26日

原告

安島敏市

外二名

原告ら訴訟代理人

小泉征一郎

外一名

被告

東京菱和自動車株式会社

右代表者

山脇弁蔵

右訴訟代理人

酒巻弥三郎

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

(原告ら)

原告らがいずれも被告に対して雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

被告は、原告安島に対し四、一三一、七三〇円、同足立に対し四、四二八、七九〇円、同加沢に対し四、二一五、三四〇円を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

第二項について仮執行の宣言

(被告)

主文同旨

第二  当事者の主張

(原告ら)

一、請求の原因

(一) 原告安島は昭和三九年三月一六日、同足立は同四〇年一〇月一日、同加沢は同三九年三月一六日、それぞれ被告(以下「会社」ともいう。)と雇用契約を結び、その従業員として勤務していた。

(被告)<中略>

二、抗弁

(一) 被告は、原告らにいずれも次に述べるような懲戒事由に該当する事実があるため、従業員の懲戒事由を定めた就業規則三九条の一号「正当な理由なしに無断欠勤連続一四日以上に及んだとき。」、五号「正当な理由なしに、上長の指示命令に反抗し、職場の秩序をみだしたとき。」、六号「会社内において、他人に暴行脅迫を加え又は、その業務を妨げたとき。」、一二号「刑罰法規に定める違法な行為を犯したとき。」、一四号「その他、前各号に準ずる不都合な行為があつたとき。」の各条項に基づき、昭和四四年一二月二九日原告らに対し、懲戒処分として解雇する旨の意思表示をしたから、原告らとの間の雇用契約は、同日限りでいずれも終了した。原告ら三名に共通した解雇事由に該当する事実は、次のとおりである。<後略>

理由

一請求の原因(一)の事実、被告が昭和四四年一二月二九日原告らに対し、従業員の懲戒事由を定めた就業規則三九条一、五、六、一二、一四号の各条項に基づき、懲戒処分として解雇する旨の意思表示をしたこと、右各条項の定めの内容が被告の主張どおりであること、以上の事実はいずれも当事者間に争いがない。

二被告主張の懲戒事由の存否について検討する。

(一)  佐藤首相訪米阻止行動参加について

(1)  当事者間に争いのない事実、<証拠>並びに弁論の全趣旨によれば、いわゆる佐藤首相訪米阻止行動は、同四四年一一月一六日午後三時すぎ頃から午後一〇時頃にかけて、都内品川地区や同国電蒲田駅周辺等を中心に行なわれ、多数のいわゆる過激派学生や反戦青年委員会系労働者らが、大量の火焔びんを搬入投擲し、警備の警察官に対する投石とかバリケードを街路上に構築する等して、一般市民までも巻き添えにしたものであり、二、〇〇〇名に近い学生、労働者が検挙され、しかもその全員が送検されたこと、原告らはいずれも被告主張の日時・場所・罪名容疑により警察官に現行犯逮捕されたところ、逮捕時の服装は、原告安島は「全共斗」と記載された赤色ヘルメットを着用し、同足立は「反戦」、「安保粉砕」と記載された赤色ヘルメットを着用し、原告らはいずれもジャンパー姿であつたこと、原告は同年一二月八日不起訴のまま釈放されたこと、以上の事実が認定できる。

(2)  右事実によれば、原告らが警察官により現行犯逮捕、引き続いて一二月八日まで勾留され、逮捕時における同人らの服装が前記認定のとおりであるとしても、このことから直ちに、原告らが被告主張の容疑罪名その他刑罰法令に触れる違法な行為をしたと推認することは、とくに本件のように、集団による街頭での抗議行動とこれに伴う混乱状況のなかで、いわば一網打尽ともいえなくもない大量の一斉検挙が行なわれ、全員送検された場合は、とうてい困難であり、本件全証拠を検討しても、原告らの具体的な違法行為を認めることはできない。

したがつて、原告らの本件阻止行動参加は就業規則三九条一二号の懲戒事由に該当しない。

(二)  無断欠勤について

(1)  原告らが前記逮捕・勾留のため同年一一月一七日から翌一二月八日まで会社を欠勤したこと、その間弁護士を通じて一一月二〇日付同月二二日到達の書面により会社に対し、不当逮捕されたため出勤できないが、不当勾留がとけ次第直ちに出勤する旨の欠勤届を提出したこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

(2)  ところで、原告らが本件阻止行動に参加した一一月一六日当時は、当裁判所に顕著なように、都民の間では、一か月足らず以前の一〇月二一日発生した国際反戦デーの集団過激行動の記憶がいまだなまなましい時期であり、一六日の朝刊は、当日における阻止行動が集団過激行為に走るおそれがあることを警告し、警察当局もこれに備えて厳重な警備態勢を敷く旨報道しており(前掲乙第八号証)、かような当時の状況下で原告らが前記服装をして本件阻止行動に参加した場合、逮捕・勾留されるおそれが多分にあり、同人らもこのことは当然予め十分予測していたはずであるにもかかわらず、あえて前記行動に参加したものである。次いで、<証拠>並びに弁論の全趣旨によれば、原告らは一二月中旬会社から欠勤事由について事情聴取を受けた際、いずれも単に不当逮捕・勾留されたと主張するにとどまり、それ以上進んで逮捕等の事情について弁明とか説明をせず、回答を拒否した事実が認定でき、提出された欠勤届に欠勤予定日数が特定されておらず、果して何日から出勤可能なのか全く不明であつたことは、前述したとおりである。

以上の事実によれば、本件欠勤は、いずれも原告ら労働者の責に帰すべき事由によるものであり、やむを得ない事由により生じたものとは解せられず、使用者たる会社において社会通念上これを甘受しなければならないいわれはないから、正当な理由のない無断欠勤として就業規則三九条一号の懲戒事由に該当するというべきである。

原告らは、欠勤の届出を事前又は事後に行ないさえすれば懲戒解雇の対象にはならない旨主張するが、かように解すべき就業規則等の定めとか労使間の慣行を認めるに足る証拠は皆無であるから、右主張は採用できない。

(三)  業務妨害について

(1)  当事者間に争いのない事実、<証拠>を総合すれば、次の事実が認定でき、<証拠判断省略>

(イ) 会社は、警察当局からの一二月一七日付文書により、原告らの逮捕日時・場所、容疑罪名、逮捕時の服装・持物について報告を受けたところ、原告ら自身において、会社の事情聴取に対して前記のように拒否の態度を示したため、たとえ原告らが不起訴のまま釈放されたとしても、無断欠勤とともに、就業規則に定める懲戒事由に該当すると判断し、懲戒審査委員会(以下「委員会」という。)の審査に付することとした。ところで、従業員懲戒実施規程では、組合員の懲戒審査の場合に限り、委員会のメンバーに組合執行委員若干名が加わる旨定められているところ、当時組合三役は懲戒解雇処分を受けていたため、会社は、会社在籍の組合員がメンバーに加わることを条件として、同月二二日(月曜日)午前一〇時三〇分委員会を本社会議室で開催する旨、同月二〇日組合に通知した。

(ロ) 原告らは、いずれも一二月二二日の当日勤務先の各営業所(原告足立と同安島は城西営業所、同加沢は城東営業所勤務)を無断欠勤し、午前九時の始業開始時刻から一〇分位すぎた頃、事前に何の連絡を取ることもなく突然に本社総務部事務室に赴き、十二、三名の部員と共に執筆中の南沢甲総務部長に対し、大声でこもごも、「俺達をどう思つているのだ。」、「委員会にかけられる覚えはない。」、「そのような委員会を開催るな。」と怒鳴り、同部長の、「話すことがあるのなら、場所と時間を予め決めて十分に聞きたい。今は執務中であるから夕方六時からではどうか。」、「今は職場に戻つて仕事をしなさい。」との返答、指示に全く耳を貸さず、同部長が離席するまで延々二時間近くも吊し上げに近い抗議をして喰つてかかり、同部長らの執務を妨害した。

(ハ) 更に同日午後一時二〇分頃、原告らは宮崎仁宏組合執行委員長と共に、入口のドアーの外側に「会議中」の掲示をして委員会が開催されている本社会議室に突如として入室し、二〇平方メートル足らずの室内でテーブルを囲んで審査中の会社役員ら関係者六名に対し、直ちに退室するよう命ぜられたにもかかわらず、約三、四〇分間にわたり口々に、「直ちに委員会を中止しろ。」「悪いことはしていないから、委員会を開く必要はない。」、「委員会の開催は不当だ。」と一方的に荒々しく怒鳴り散らし、委員会の審査を中断させた。

(2)  以上の事実によれば、原告らが本件阻止行動に参加した際、「刑罰法規に定める違法な行為を犯した」と認めるに足る証拠がないことは、すでに判示したとおりであるが、会社において、警察当局からの前記文書の内容により、また原告らが逮捕・勾留が不当である理由を何ら弁明・説明しないため、前記違法行為を犯したのではなかろうかと判断し、無断欠勤の事実とともに懲戒手続に付することとしたことは、何ら根拠のない会社側の一方的な措置ということはできず、懲戒審査委員会の開催手続等について後述するような問題があるとしても、原告らの前記言動は、その目的・態模ともにとうてい容認することはできず、就業規則三九条五号、六号、一四号に該当することは明らかである。

以上により、原告らには、無断欠勤を理由とする就業規則三九条一号の、業務妨害等を理由とする同条五号、六号、一四号の懲戒事由があるというべきである。

三原告らの再抗弁について判断する。

(一)  懲戒事由該当事実の不存在

本主張が理由のないことは、すでに判示したところから明らかである。

(二)  懲戒手続違反

(1)  前記認定事実と<証拠>によれば、従業員懲戒実施規程においては、委員会の構成メンバーとして「労組執行委員若干名」とのみ規定され、それ以上何らの条件が付されていないにもかかわらず、会社は、会社在籍の組合員に限るという条件を付して組合に委員会開催を通知したこと、組合は一二月二〇日午後二時三〇分頃右通知に接し、宮崎委員長が直ちに南沢総務部長に対して右条件の不当性を抗議したが容れられず、委員会は、なか一日の日曜日を置いただけで、組合側代表者不参加のまま二二日に開催されたことが認定できる。

右事実によれば、会社において組合側代表者の資格に制限を付したことは、同規程に違反するといわざるを得ないが、執行委員全員を排除しようとしたものではなく、のみならず同規程一〇条によれば、委員会は社長の諮問機関にすぎないから、右違反をもつて本件懲戒解雇を無効にするに足るほど重大な瑕疵にあたるとはいえない。次に、組合に開催通知をした翌々日に組合側の抗議にもかかわらず、組合側代表者不参加のまま委員会の開催を強行した点については、<証拠>によれば、本件委員会は、一二月二二日の一日かぎりで終了せず、二三日に第二回、二五日に第三回と引き続き開催され、会社はその都度前日中に組合に対し、開催日時と、条件は第一回と同様であるにしろ組合側代表者四名の出席を要望する旨の文書を発したが、組合側では右要望を無視して欠席した事実が認定できる。右事実によれば、組合側は、第一回はともかくとしても第二回目以降の委員会においては、条件の制約に不満はあるにしろ三役以外の執行委員を出席させ、組合員及び組合の利益を擁護する機会は与えられていたといえるから、委員会の開催が強行された点を把えて、原告らの懲戒解雇を無効にするに足る瑕疵にあたると解することはできない。

(2)  従業員懲戒実施規程(前掲乙第一号証)四、五、六条によれば、委員会は、社長が懲戒事由に該当する事件の報告を受けたうえで、その指示により開催される旨定められているところ、原告らの委員会に対する審査妨害行為は、本社でなされたものであり、かつ、事案の性質上、二二日の当日中には社長に報告され、社長から右行為も第二回以降の審査に付するよう指示がなされたものと推認できる。仮に右手続が経由されていないとしても、前記定めの趣旨は、ひつきよう従業員の利益保護を図るものであるところ、前記妨害行為は出席委員の面前でなされたものであるから、事実の誤認等により原告らが不利益を蒙るおそれは少なく、加えて、前述したように委員会は社長の諮問機関にすぎないから、社長の指示等の手続違反をもつて原告らの本件懲戒解雇を無効にするに足る重大な瑕疵ということはできない。なお、原告らは、前記妨害行為を委員会の審査に付する旨組合に対し通知がなされていない旨主張するが、本件規程に右通知を要する旨の定めはなく、他にこの旨を定めた労使間の慣行も認められないから、右主張も採用できない。

以上により、原告らの本主張は理由がない。

(三)  思想・信条を理由とする差別

本件の全証拠を検討しても、原告らの本件懲戒解雇が、同人らの主張するように、その反戦思想の持主であることを真の理由とすることを認めることはできないから、原告らの本主張は理由がない。

(四)  懲戒解雇権の濫用

原告らに対する本件懲戒解雇処分の発端となつた佐藤首相訪米阻止行動参加自体は、何ら懲戒事由に該当しないとしても、原告らは右参加から派生した無断欠勤をしたにとどまらず、前記認定のように、会社幹部に対して一方的かつ執拗な攻撃的態度に終始し、会社業務を妨害また混乱させたものであり、他に本件処分が権利の濫用というべき事情も認められないから、原告らの本主張は理由がない。

四以上判示したとおり、原告らにはいずれも懲戒解雇事由があり、前記認定を総合すれば、本件解雇は原告ら労働者の責に帰すべき事由に基づくものと認められるから、右意思表示がなされた同四四年一二月二九日に即時その効力を生じたというべきである。

よつて、本件懲戒解雇が無効であることを前提とする原告らの本訴請求は、更に進んで判断するまでもなく、理由がないから棄却すべきであり、民訴法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。 (宮崎啓一)

<別表省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例